かんそう

テキストサイト。20代後半男。札幌

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身内が死んでも葬式のメシはうまい

先日、父方のじいさんが死んだ。

俺自身、元々じいさんとはあまり反りが合わず、小さい頃は小遣い欲しさによくじいさんの家に行っていたのだけど、俺が大人になるにつれ俺自身の反抗期とじいさん自身の痴呆の進行、そしてお互いの適当な性格も加わり、磁石のS極とS極みたいに反発しあってとてもまともな会話にならなかったので、正直病院に顔を見にいくことすら気が進まなかった。それでもいざ「死んだ」と聞かされるとやっぱり思うところはある。

 

葬式はけっこう盛大に行われて、じいさんは90の大往生と言える死に様で身内もそこまで落ち込むこともなく、あっけからんした式になった。

通夜が終わると坊さんが身内の前で説教をはじめて、前列に座っていた母方のばあさんを見つめながら、

「旦那さんも90年という長い人生のなかで奥さんみたいな最愛の人と出会えて幸せだったと思います…」

とか言いはじめて(父方のばあさんは5年前に死んでる)、身内全員が心のなかで「そっちじゃねぇよ…」と突っ込みながらも坊さんがあまりにも感極まった表情で語っていて誰もなにも言えなかったり、

火葬後の骨上げのときに火葬場のスタッフがいちいちどの部位の骨か説明してくれるのだけど、新人なのかなんなのか「ここが腰骨で…背骨…喉仏…助骨…頭蓋骨…喉仏」となぜか1番大事な喉仏を2回言ってグダグダになったりと、イマイチ締まらないのが妙におかしくて、良くも悪くもじいさんらしい最期だった。

それでもやっぱり悲しいもんは悲しい。みんな明るく振る舞いながらもたまに訪れる沈黙が「じいさんの死」というものを強く感じさせた。

 

それで通夜や葬式が一段落するたびに、身内全員で広間みたいなところに集まってメシを食うのだけど、いちいちうまい。

出る弁当出る弁当ちょっとした割烹かってくらいに豪華で酒も飲み放題で当然うまいし、浴びるように酒を飲んだ通夜の翌朝は葬儀場の人がおにぎりなんかを用意してくれていて、いたって普通の軽食なんだけど、これがまたメチャクチャうまい。

そこで用意をしてくれていた配膳のババア(ほんとにけっこうなババア)と少し仲良くなって、じいさんの昔話をした。子供の頃じいさんと二人で一緒に釣りに出かけたことや、銭湯に行ったことを思い出して普通に泣きそうになった。目がうるんだ俺にババアは「良いおじいさんだったのね…たくさんお酒を飲んだあとのお味噌汁はおいしいわよ?」と言い味噌汁を差し出した。そんなババアの優しさも相まってか、その味噌汁はなんなら今まで飲んだなかで1番じゃないかってくらいにうまく、調子に乗って「はい…死んだじいさんの味がします…」とボケたら失笑された。

 

悲しかろうが、辛かろうが、人が死のうが、相変わらずメシはうまい。たぶんそういう些細なものに支えられて今日も生きてる。