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ポルノグラフィティ新藤晴一、女をダシにした歌詞書いたら最強説

「女をダシに」と言うと聞こえが悪いんですが、「女性」をテーマに歌詞を書くときのポルノグラフィティ新藤晴一は本当にすごい。

 新藤晴一の女性視点の歌詞で書かれた曲を聴くとき、俺は男でありながら主人公の女に共感する。心は完全に女になる。「彼」「あなた」を想って人知れず枕を濡らしてる。

 

・「寂しい」と口にできず「大丈夫」と答える貝になりたい女

・自分の本当の想いをストレートに言えず冗談めかして言ってしまうニヤついた女

・星を眺めては手に入らないと窓を閉める起きるのが遅い女

・「私好みじゃないパフューム」と強がる女

・一秒と千年の違いがわからない空中ブランコに乗った女

他…

 

これら、どの曲にも共通して言えることが登場する女性はみな「強くて弱い女」だということ。みな強くて美しい女性だという印象を受けるが自分から相手に対してストレートに想いを伝えられずにいる。

例えるなら「大学卒業後すぐに実家を出て上京し一人暮らしをしているバリキャリ」

男顔負けに仕事もこなし、家事も料理もきちんとこなす。毎朝早くても、化粧をバッチリにきめ、都会というジャングルを必死に生きている、そんな強い女。本当に勝手なイメージだが、背が高く、髪はロングヘア。高校まで女子校。歳の近い弟と二人兄弟。牡羊座。B型。

だが、彼女たちは『恋愛』となると殊更しおらしくなる。「好き」「愛してる」「そばにいて」「行かないで」そのたった数文字、たった一言が言えず、それは泡となり消える。そんな彼女たちの心の内を千の言葉で代弁する。それが新藤晴一という男。

なのに、言葉数の多さに反比例して具体的な描写は驚くほど少ない。そして「話が飛ぶ」。例えば(こんな曲はないですが)自分の朝食ったメシの話をしてたかと思いきや、いきなり宇宙の理の話をする。にもかかわらず曲の輪郭が全然破綻しない。ヤバい。

だから新藤晴一の歌詞を見るといつも「わかる〜!」じゃなく「わ……わかる……」とため息が出る。

 

「男」が女視点の歌詞を書き、それを「男」である岡野昭仁が歌うからこそ俺は曲の女になるのかもしれない、これが「女」が女視点で書いた歌詞ならそうはいかない。大塚愛の『さくらんぼ』では、YUIの『CHE.R.RY』では俺は女になれない。「足りない 足りない! 足りない!!」とエピソードトークの多さで絆を強調する女には、なれない。

あくまで男の書いた「フィクション」「幻想」「夢」だからこそ、俺は貝になりたい女に、空中ブランコに乗った女になる。

だからか、新藤晴一が書く女性視点の歌詞には「生々しさ」みたいなものがない。女の情念を歌にしてもやはりどこか清々しく、儚げで、そして美しい。ただ、こんな女、たぶんいない。

 

 

じゃあ仮に俺がポルノグラフィティの曲に一作だけ女性目線で歌詞を書いたとしたらどうなるか、さんざん否定してた大塚愛みたいになる。

待ち続ける彼からのライン

どうして?こんなに好きなのに?

「いますぐに会いたいよ」思わず送るの。

既読までの時間が苦しい 苦しい 苦しいよ wow wow 

これが限界です。ただのmixiの日記。 ゲオの店員。天秤座。1杯目からカシオレ。

 

 

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