えげつないくらい他人の人生を疑似体できる漫画『凪のお暇』の紹介です。
物語ってどうしても「主人公が世界の中心」ってなりがちなのに、この『凪のお暇』は、「凪」という主人公を主軸に置きつつもそこで生きる登場人物一人ひとりのなかにちゃんと「自分の世界」があって、それぞれが世界の中心軸となって回ってる。
主人公・凪中心の視点で見れば、モラハラ元彼に利用され傷つけられたっていうエピソードでも、その元彼・慎二の視点で見ると凪に対する言動も全部慎二なりにワケがあってのことだった……。
っていう描写があるとするじゃないですか。こういうのって普通は「凪ウジウジしやがってウゼェ」って思うか「慎二この糞モラハラ野郎が死ね」って思うかの、どっちかに比重偏って肩入れしちゃうハズのに、この漫画、そこんとこのバランスがこんなバランス取れる???って思うほどキレ~~~~~~にちょうど半分半分なんですよ。センターマン原田泰造が出てくる余地ゼロの本当に五分と五分。中国雑技団で一輪車乗りながら笑顔で100人くらい担いでる女のバランス感覚。
だって、凪も慎二もそのとき思ってること全部あの雲みてぇなモヤモヤの吹き出しに、コマの余白に、黒バックのページに脳内情報ダダ漏れしてるんですよ。なんなら普通の矢印の吹き出しよりそっちのほうが多い気がする。登場人物全員サトラレ。
いや…お前らそれ誰にも聞かれてないと思ってるかもしれないけど全部聞いてるからな??凪、お前「全然他人に対して本音言えてないワタシ……」とか悩んでっけどよぉ、俺たちはお前のこと全部知ってるからな??
例えば2巻で、凪が慎二の友達とバーベキュー行くんですけど、凪は必死に周りに気ィ使って慎二にふさわしい彼女になろうと努力してたのに慎二は凪と付き合ってることを周りに隠すような態度をとってたんですね。それで凪は「あ、私、テストに落ちたんだ…」って落胆するんですけど、実はそのとき慎二の友達の一人がフラレて落ち込んでて、それを察して慎二はその友達に気ィ使って紹介ができなかったっていうことだったんですね。
これが秒でわかります。全然引っ張んない。「はァ!!??っっざけんなよ慎…あぁっ……慎二……そっ、、そ、れはしょうがない……」ってなる。1巻でこそ凪の人物像を確立させるために話またいで引っ張ってましたけど、慎二の人となりがわかった瞬間からどんどんそのラグが短くなってってます。
だから「コイツあのとき本当はこう思っていたんじゃないか?」みたいな考察深読み一切させてくれないの。すぐ言っちゃうし、す〜〜〜ぐ過去の思い出を映像にして提供してくれるから。なんなんですかね?アンビリバボーなんですかね?たぶん実写化したら毎話ドラマ途中でビートたけしが「幸せだった凪に訪れた突然の悲劇…。しかし、物語はここで意外な展開を迎えるのです…」とかたどたどしい口調でストーリーテラーやると思う。
でも、いい。それが、いい。いくら凪が空気読みすぎていつまでもウジウジしてても、慎二が凪に対して好きがゆえの糞みたいなイヤミ言っても、どうしても嫌いになれないんですよ。だって俺なんだから。アレ?俺だよな??こんなに頭の中わかってるってことは実質俺でいいんですよね…?アレ?
たった1巻百数十ページの漫画読むだけで「他人の人生を生きてる」感がハンパない。没入感が読み物のそれじゃないんですよ。そう、読むVRだこれは。犬とかに読ませたら明日から二足歩行すると思う。この漫画、読んでると良い意味でめっちゃくちゃ疲れます。メインの登場人物が増えれば増えるほど同時に体験できる人生の数が増えますから。なんなんだよ。チャッキーかよ。
凪は俺だ。慎二も俺。ゴンも俺。たぶん市川さんも俺だと思う。でも誰も俺じゃない…。じゃあ誰なんだ俺は…。わからないからとりあえず豆苗育てるところから始めたい。