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Fight Song

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米津玄師『馬と鹿』ラスサビ「クォおれぇがァッ!」だけで米10杯食える


米津玄師 MV「馬と鹿」Uma to Shika

 

米津玄師の『馬と鹿』が相変わらずの鬼曲。

 

まず、この『馬と鹿』にも『Lemon』『海の幽霊』そして菅田将暉に提供した『まちがいさがし』にも使われているAメロ→Bメロ→サビと、イントロをすっ飛ばしていきなり曲がスタートする技「アズ・スーン・アズ・ボイス・メソッド」を使っている。

普通、同じ構成ばかりの曲をリリースすると「またこのパターン…マンネリかよ」と飽きられてしまう可能性もあるのに米津玄師は何度でも使う。それはたとえ構成が一緒だろうが、メロディ、歌詞、アレンジ、そして歌によってガラリと印象を変えられるということを知っているから。

しかも、ギャンブル中毒者がはじめて大当たりした快感を忘れられずに何度負けても賭博場に足を運んでしまうように、リスナーは米津玄師の楽曲で感じたあの気持ち良さは一生忘れることができないし、本能的にまた欲してしまう。もっともっと使って…と。なにより、リスナーがそう(ライスジャンキーに)なっていることを米津玄師自身が知ってる。だから何度でも使う、罪な男である。

 

そして、前作『海の幽霊』のときにも思ったが、昨今の米津玄師の楽曲における「顔の近さ」が今作もすごい。本当にリスナーとキスができる距離にまで近づいてきている。昔は触れることすらできないイメージだったのに今じゃ妙な親近感すらある。そろそろ『しゃべくり007』に出てホリケンに股間握られてほしい。

でも、いきなり近いわけじゃない。米津玄師の最もおそるべきところは「リスナーとの距離の縮め方の上手さ」にある。この瞬間にここまで踏み込まれると心地良いというタイミングを完璧に掴んでいる。ミュージックパーソナルスペースの達人。確実に飲み会でモテるタイプ。3杯目でイイ感じに酔っ払ったところでボディタッチかましてくる。

 

今作『馬と鹿』は、いわば「私のこと好きなの…?どう思ってるの…?」と本当の気持ちがわからず悶々としていた片想い中の男子に急に壁ドンされるような、そんな楽曲だ。

始めは感情も音圧も抑え、シンプルな構成で曲は進む。リスナーは思う。「あれっ…意外とそっけない…?」と。が、1サビから裏で(ドンッ、チャッ…!ド、チャッ…!)となり続けるドラムとクラップによって気持ちを徐々に煽りに煽られる。思わせぶりな態度を見せてくる。他の男子と話していると不機嫌そうな顔をする。髪型、ネイル、ちょっとした変化にも気づいてくれる。あれっ…あれっ…もしかして…

 

そして次第に彼のことで頭がいっぱいになった三学期(大サビ)…満を持してマウス・トゥ・マウスの距離ッッッ!

 

行こォ〜〜〜〜〜〜(裏声)(行こォオオオ〜〜〜〜〜……)

花も咲かない内にィ〜〜〜〜〜〜〜………(オォオォゥオォォゥオォ〜〜〜〜〜〜…)

ドンッ…ドンッ…ッチッ…!ドンッ…!ドンッ…ドンッ…ッチッ…!ドンッ…!

テロテテテテロテテテロテテテロテテレェェエエエ〜〜〜〜!

デェン!デェ!デェン!デェ!デェン…!デェ…!デェ〜〜〜〜〜ッッッ………!

 

ファッ…

 

「クォおれぇがァッ!」

 

…1サビ、2サビでは「これが」「だれも」とフラットな歌い方で油断させておいてからの

 

「クォおれぇがァッ!」

 

この声と一緒に内蔵が口から飛び出るんじゃねぇかというような圧倒的なタメ、満を持しての「クォ」。誰もが待ち望んだ「クォ」

「クォ」によって解き放たれた魂はもはや制御不能。続く、

 

「君じゃ……なナァアアアアアアアァアアアアア〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!ッきゃダメだとォォオオオ…………!」

 

絶対レコーディングのあと米津玄師の足元に内蔵2、3個転がってる。

すさまじいのは、Cメロで「行こォ〜〜〜〜〜〜」であっさり裏声使ってるにも関わらずその何倍もキーの高い部分では命削ってあえて地声でいくというフレーズに対する想いの乗せ方、それが今作における米津玄師の「顔の近さの正体」。そして確実に人の耳、心を掴む一撃必殺の部分を極限まで高めるこの「パンチラインの強調」こそが楽曲の中毒性に繋がっているのだと思った。

 

何回聴いてもまだまだ飽きる気配がない『馬と鹿』をおかずに米10杯、いや100杯食いたい。もちろん玄米を。

 

【メーカー特典あり】 馬と鹿 (映像盤(初回限定)) (CD+DVD(紙ジャケ)) (ラバーバンド付)

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