俺は愛せる。
むかし付き合っていた彼女がとにかく「屁をこく女」で、普段から笑った拍子や何気ない動作の度に間抜けな音をケツから鳴らしていたんですが、特にヒドいのは寝ているとき。横になると肛門がゆるむのか、夜な夜な「ひとり題名のない音楽会」が開催される。
「プッ」
「プゥーッ」
ときて、
「ブッ」
「ブーーッ」
と、濁音から半濁音へとどんどん変化していき、
「ブゥーオゥ」
「バフンッ!」
バイソンの鳴き声みたくなり、
「ヌーンヌッ」
と最終的に落ち着きます。はやくデジモンアドベンチャーはじまれ。
そんな七色の屁を自在に操る彼女。でも、俺はそんな屁は全然良かった。むしろ好きだった。落ち込んでも、イライラしてても、彼女の屁で元気になれた。彼女の奏でるメロディが…俺を救ってくれた…
しかし大きな問題があった。それが「音のない屁」、「サイレントサイレン(無音の警告)」の存在だった。なんの気配も感じさせず鼻元まで接近し、致死量レベルの激臭をブチ込んでくる、それが彼女のサイレントサイレンだった。特にメシあとのそれ、ただの殺人兵器。とんだ最終兵器彼女だよ。
しかもやっかいなのがこの女、音のない屁をこくときに限って「いや、してないよ」っつってガキみたいなウソつくんですよ、かわいいかよ。「してないよ」のときのトボけ顔めっっっっちゃかわいい。ただ、いくらかわいいとはいえこれはマズイと。
他人様にこんなくっさいくっさい屁を嗅がせて、ウソをつく。しかも、彼女は顔に出やすいタイプなので一発でそれがウソかホントか見抜かれてしまう。そんなウソ屁をこき続けていたら彼女のこれからの人生に支障をきたしてしまう…そしてなにより、彼女の肛門から投下される空爆から被害者を減らしたい……何度も話し合いを重ね、2人が出した答え、それが
「臭いのある屁1回につき、500円玉1枚を貯金箱に入れる」
そう、『ワンスメル・ワンコイン制度』の導入。
実際、この制度の効果はてきめんだったようで、常にケツの穴を意識することで屁の回数は劇的に減り、むしろ尻をキュッ締めることでスタイルも良くなった気がすると喜ぶ彼女。ワンコイン・ワンスメルは間違ってなかった……。二人の選択が世界を救った……
RADWIMPS「愛にできることはまだあるかい…?」
俺「あるよ…」
が…数ヶ月が経ったある日、2人でオープンカフェへ入りランチをしていると
「!!??ングゥッッッッッ!??」
「えっ?なに?」
「く、、、くっっせ……ァァああっ…や、やったなコラ……」
「いや、やってない!やってないって!」
「じゃあこの臭いなんだよ地獄の底みてぇな臭いしてんじゃねぇかよ……」
「違う、私じゃないって」
「ダメだ、はい500円な」
「違うよ、なんで信じてくれないの!?」
ってお互い半ギレになりながら「こいた」「こいてない」のクソ掛け論しててぇ…フッと横の席見たらぁ…隣の席のオバサンの連れてた犬がぁ…ガッツリウンコ漏らしてやがってぇ……
バ…ババァ………ッッッッ……
「…」
「ほら、だから言ったじゃん」
「ごめん……」
「なんで信じてくれないの?最低……」
「本当にすいませんでした…」
…結局、これが引き金となってかはわからないが、そのあとすぐに俺たちは別れることになった。もっと俺が彼女を信じてあげていればこんなことにはならなかったんじゃないかと、今でも後悔してる。いや…もしかしたら彼女は俺にずっとウンザリしていたのかもしれない…俺が……もっと……君を……
…
後日、彼女は俺と付き合ってる間、別の男と浮気してたことがわかった…「屁のないところに煙は立たない」ってか……