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ミクスチャーブログ

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俺のこと歌ってるとしか思えないKing Gnu『カメレオン』感想

King Gnu『カメレオン』、この曲がどういう信念を持って作られたのか、『ミステリと言う勿れ』とのリンク、そういうの全部無視して「俺との関連性」だけで書きますが、

時を経て通話画面に映った君は

もう僕の知らない君でした

幸せそうに笑うから

つられて僕も笑ってしまった

完全に「元カノから急に結婚報告の電話来てあまりに幸せオーラ全開で喋りやがるから動揺しまくってただただヘラヘラするしかなかった俺」の曲なんだが??え?あれ?僕、常田先輩にこの話しましたっけ?僕の心サイコメトリーしないでもらっていいですか?

てゆうかよ、なんだこの女ぁ?カメレオンどころか悪魔だろ何別れた男に電話してきてんだ?面の皮が厚すぎるだろバームクーヘンかよ。なにが「いま通話できる?」だよできねぇよ忙しいんだよ俺ぁよ。しかも「ま…まさか俺のこと忘れられずに…?」と思って出たら「来月結婚するんだぁ」じゃねぇんだよ、発狂してスマホ食うとこだったわ。「幸せそうに笑うからつられて僕も笑ってしまった」そりゃそうだろこっちは笑うしかねぇんだよ察しろ。

どうせ別れた一週間後とかに全然違うタイプの男連れて街歩いてんだろ?色黒マッチョのパーソナルトレーナーだろどうせよ。色白モヤシからの色黒マッチョとかどういうことなんだよ眼球バグったんか?なにがパーソナルだよ職業に横文字入ってる奴全員もれなく脱税してるだろ。

まずいい年こいてその舌足らずな喋り方やめろ閻魔大王にでも舌抜かれてんのか?ふざけやがってかわいすぎるんだよクソがよ!バーカバーーーカ!!!

 

…という私のくだらない戯言はさて置き、ここからは『カメレオン』という曲の素晴らしさついて筆舌を尽くしたいと思います。

まず、一聴して衝撃を受けたのは「奥行きの深さ」です。余計な音をひたすらに削り、これ以上ない絶妙なタイミングで正解の音を鳴らしているような感覚を受けました。そこから生まれる音の隙間によって一音一音が際立ち輝きを放つ。そして、そこから生まれる圧倒的な重厚感、完璧に計算され尽くしたメロディワークと言うほかありません。

まるで深海にいるような静寂のなか優しく脈打つピアノとシンセサイザー、時を刻むように正確なハイハットの音色、雨音のように胸を打つスネア、まるで異世界に連れて行かれるような美しいシンセベース、曲を重ねるごとに透明感を増す息を呑むほど美しい井口理のボーカルをある意味「隠す」ような常田大希によるヴォコーダーを使ったコーラスが入ることで、残酷なまでに鮮やかに色を変えていく「君」の姿を見た「僕」の心の「揺らぎ」を見事に表現していると感じました。

ひたすら丁寧に鳴らす前半から徐々に感情を爆発させるような後半「隣に僕がいなくても」のシャウトからただ美しいだけじゃない、弱さも強さも内包した「ロックバンド」としてのサウンドが鳴り響く。わずか3分13秒に「僕」と「君」が歩んできたであろう人生が詰まっていました。そしてそれと同時にKing Gnuにしか奏でられない音楽がここにはありました。

最後には泡が弾けるように、夢から覚めるように曲は霧散していく。それは絶望でも希望でもない、ただそこにある「現実」と「未来」だけが横たわっているという意味なのかもしれません。この曲を聴いて何を感じるのか、これからどう生きていくのか、「僕」の人生を託されたような気持ちにすらなりました。

そして、『カメレオン』を語る上でとても重要になるのが歌詞です。常田大希の書く歌詞は、誰もが抱える感情を逃げることなく真摯に言葉にしていて万人に開かれているのに、まるで「自分のことだけ」を歌っているかのような「狭さ」も感じる。その究極とも言えるのこの曲だと思いました。

「急行列車」「寂れた駅」「通話画面」と直接的に背景描写を用いて綴られている部分と、「汚れた悲しみの上から白い絵の具で」「放り出してしまった夜さえキャンバスは色付くから」と比喩を用いて抽象的に語られている部分のギャップの対比がによって、一瞬で物語の中に自分を投影してしまう。

特に印象的だったのは、サビの「かなわない」という部分。最初のサビは「叶わない」と綴られているのに対しラストサビでは「敵わない」と歌っているのですが、つまりもう「君」を知ることは「叶わない」けれど、時を経て通話画面で幸せそうに笑う君の美しさには「敵わない」。そう歌っているのかもしれません。さらに

突き止め「たいai」

叶わ「ないai」

君の正「体ai」は

迷宮入りの

難「解ai」なミステリー

心変「わりai」色変「わりai」

軽やかに姿を変えたのは

「悲しai」いほどの夕暮れ

僕の知ら「ないai」君は誰?

無数に踏まれた「ai」の韻。伝えられないのならせめて「愛」を歌う。「愛してるの言葉を使わないで愛を伝える歌詞書く協会」に所属している常田大希の真骨頂と言っても過言ではありません。

どれだけ時が経っても、君が変わっても、この「愛」だけは変わることがない。そしてまた、私達がKing Gnuの音楽を聴いて感じる「愛」も変わることはない。そう確信する一曲でした…

 

 

は?なんだこのうるせぇ文章?なにが「そう確信する一曲でした…」だ、え?これ本当に俺が書いた?あまりにも自分のこと歌われてる気がして曲にエモ文章書かされたんですけど?

 

…結婚おめでとう…幸せにな…