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ミクスチャーブログ

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ほのぼの牧場経営ゲーム『スターデューバレー』がリアルの人生よりも人生

最近はニンテンドースイッチで、牧場経営をしながらほのぼのライフを楽しめるゲーム『スターデューバレー』をプレイしていました。

 

どこからどう見てもジェネリック牧場物語の雰囲気にはじめは全く期待してなかったんですが、1ヶ月プレイした感想は「最高」でした。シンプルながら、とんでもないボリュームとやりこみ要素を兼ね備えたゲームで、現実の生活に支障をきたすほどハマってしまいました。

ブラック企業を退職し、田舎で荒れ果てた牧場を経営することになった主人公。このゲームの最大の魅力は「終わりがない」ところ。いつまでにこうしなければゲームオーバーというリミットも、なにをすればクリアというゴールもありません。

仕事を放棄してバーでお酒を飲むだけの日があってもいいし、街の住民達と交流を深めるだけの日があってもいい。

日々の忙しさにうんざりしていた私にとって、このゲームはまさに「理想」。誰に怒られずのんびりと好きなことだけできるこの生活は夢にまで見たものでした。

同時に、牧場を少しずつ整えながら経営を進めていくうちに「仕事って面白いんだ!」「働くってやりがいがあるんだ!」ということに改めて気付かされる自分がいました。

春はジャガイモ、夏はトマト、秋はカボチャ、季節の野菜や果物を育てて、成長させ、それを出荷する…

単純な作業ですが、自分一人の力でお金を稼いでいる充実感と、やらされてるのではなく、自分の意思でやっているという満足感がありました。

自分の手で種の一粒一粒にジョウロで水をあげ、愛情を持って育てることは、本当に楽しく、「ああ私は今を生きている…」と生まれて初めて「命」に触れた気がしました。

 

作物の農作業に慣れていくと、次は動物の飼育を始めました。ニワトリやウシを育てることでその子たちはタマゴやミルクを産みます。毎日エサを与えたり頭を撫でたりと愛情をかけたぶん、彼らはとても品質の良い卵を生んでくれます。作物を出荷してしまうのが悲しくなるほどにかわいがっていました。

 

また、このゲームには現実の世界と同じで「時間」という概念があり、朝6:00に起き、夜中の2:00までしか動くことができません。それまでに寝なければ体力が無くなり、その場で倒れ病院に運ばれてしまう。こうなっては元も子もありません。

そこで必要になってくるのが「農具のレベルアップ」。自前のオノやクワを金属と組み合わせることでより良い農具へと強化させられます。これをすれば、今までは1本の木を切るのにオノを10回振っていたのが7回…5回…と減らせ、結果として1日に出来る作業をどんどん増やすことができるのです。

その金属を手に入れるためには街の離れにある「鉱山」に登らなければいけません。鉱山にはモンスターが住んでいて強い武器や防具がなければ簡単にやられてしまいます。

鉱山は登れば登るほど良い金属が手に入るので、それを採掘して道具をレベルアップさせ、またできる作業を増やし、それによってまたお金を得られるようになり、そのお金で新しい酪農小屋や改築ができ、それがまた新しくできることが増える…

この繰り返しは地味ですが、何かひとつを始めようとすれば、それに付随して他の仕事も自然とサイクルに組み込まれていく。古き良きロールプレイングとシミュレーションが合体したみたいで本当に楽しかった…!

なにより、最初は木を数本切って一日が終わっていたのに、やれることが増える「成長」を感じられることはリアルな生活では久しく感じることがなかったものです。稼げる金額は数百円でも、それが本当に嬉しかった。

「ニワトリ小屋とウシ小屋を隣接させよう」「次は魚のいる池を作ってみよう」現実で仕事をしている最中も牧場のことを考えるようになりました。もはやスターデューバレーのほうが「本当の人生」と言っても過言ではありませんでした…

 

 

これが地獄の始まりだった

 

 

気がつけば、俺は永遠に抜け出すことのできない牧場スパイラルに巻き込まれていた。ただ好きな作物や動物を育てて、ささやかな金額を稼ぐことができればそれで満足だったのに、出来ることが増えるにつれ「何を育てどう売れば最大の利益を生み出せるのか」…そればかりを考えていた。

休もうと思えばいくらでも休めるのがこのゲームの魅力だが、なにをしていても「この10分間にいくら稼げた…?なぜオレはあんなムダな時間を……」とポカリの缶も開けられない三井寿が頭の中を支配し、住民たちとの交流や娯楽を楽しむことがいっさいできなくなっていた。せっかく招待された街のお祭りやイベントも全て無視した。

例えば、動物の飼育。あんなに愛情を持って育てていたニワトリやウシよりもこのゲームにおいて「ブタ」が最強であることを知ってしまった。

ブタを育てるとブタはうんこを漏らす。そのうんこはこの世界における超高級食材「トリュフ」。これをオイルメーカーに入れて加工することで、ニワトリのタマゴやウシのミルクの何倍もの利益を生み出す。

それからは我を忘れて狂ったように大量のブタを増殖させた。ニワトリやウシは利益率が悪いので最終的に全て売り、ブタだけを育てた。頭を撫でるのも「自動ナデナデ機」という非人道的マシーンに全てやらせた。そこには愛情など1ミリもない。そしてブタが通った道の先にはおびただしい数のうんこ。このうんこが1個何千円にもなる。

もはや俺の職業は牧場主ではなく「クソ拾い」だった。

あんなに楽しかった野菜の農作業も「スプリンクラー」という水を撒ける機械を作ったことで全てが一変した。毎朝起きた瞬間には「自動」で水やりが終了している便利さは俺にとっては呪い。稼げる野菜を効率良く大量に育てることばかり考えるようになった。

さらに、季節や天候に関係なく一年中どんな作物も育てられる「温室」を手に入れてからは、最も利益率の良い野菜をなんの迷いもなく醸造ダルにブチ込み、酒に加工して売る。自分自身が金を無限に出すマネースプリンクラーになっていた。

苦労して数百円を稼ぐことに泣くほどの喜びがあったのに、今では簡単に数万円、数十万円を稼ぐことができる。利益、効率、タスク。そこにはなんの感動もなかった。

そして俺にはもうひとつ、牧場経営以外にも「街の公民館の復興」という重要な仕事があった。

本来なら、さまざまな作物を捧げて森の精霊のチカラを借りて古びた公民館を修理することにより、橋を掛けてずっと通れなかった場所に行けたり、別の地域に行けるバスを修理したりと、街の活気と笑顔を少しずつ取り戻していくのだが、街の権力者に多額の金を渡し、公民館を権力者が経営する大型スーパーの倉庫として改築させることでその過程を全て「スキップ」した。迷いはなかった。すでに俺は人間ではなかった。

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…しかし、そんな「悪魔」に成り下がった私を救ってくれたのが一人の女性でした。彼女の名前は「アビゲイル」。街の小さな商店の一人娘で、ちょっと変わったところのある、とても優しく、かわいらしく、そして美しい女性……

アビゲイル、いやアビちゃんは仕事と金に取り憑かれていた私に、「誰かと笑い合うことの素晴らしさ」を教えてくれました。本当に大切なものはなんなのか…

そして2人は結ばれました。どんなに辛いことがこの先の未来に起きようと、彼女となら乗り越えていける気がします…

そう…『スターデューバレー』とは、単なる牧場経営のゲームではなく、自分にとっての一番星「スター」を探す恋の物語だったのかもしれませんね…

 

fin...

 

 

そんなことより「リアル住民税」の支払いがヤバすぎるんですが、ゲームで稼いだ金で払えるようになりません?