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ミクスチャーブログ

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藤井風の新曲『grace』で「俺は藤井風」であることが証明されてしまった

藤井風のある意味「危険なところ」は、この世の物事がほぼ全て「それ藤井風ですよ」で片付いてしまうことにあります。

 

女子高生「最近、彼氏にフラレて辛い…」

俺「それ藤井風ですよ」

人は出会い別れ

失くしてはまた手に入れ

それでも守り続けたくて

私のガーデン 果てるまで

『ガーデン』

 

サラリーマン「嫌いな上司がいて会社にいくのが辛い…」

俺「それ藤井風ですよ」

あんたの軽ぃキック へでもねーよ

あんたの軽ぃパンチ へでもねーよ

あんたの軽ぃブロウ へでもねーよ

へでもねーよ バカじゃねーよ

『へでもねーよ』

 

おじさん「最近、痔なんですけど………」

俺「それ藤井風ですよ」

燃えよ

『燃えよ』

 

と、このようにどんな悩みも苦しみも藤井風の歌詞を用いることで解決できるのですが、全ての答えであり万能薬がとうとう爆誕してしまった。その名も『grace』

www.youtube.com

グレェェェェエイスッ……

 

グレェェェェエイスッ……

 

(シャラァァァ〜〜〜〜〜〜ン…シャラァァァ〜〜)

 

グレェェェェエエエエ〜〜〜エイスッ……

 

グレェェェェエエエエ〜〜〜エイスッ……

 

(ンタッ、ンタッ、ンタッ、ンタッ、ンタッ、ンタッ、)

 

グレェェェェエイスッ……

 

グレェェェェエイスッ……

 

グレェェェェエエエエ〜〜〜エイスッ……

 

グレェェェェエエエエ〜〜〜エイスッ……

 

完全に『天使にラブソングを』の続編としか思えない「最近の曲のイントロは短ければ短いほどいい」と言うオッサンの披露宴のスピーチみたいな言論をフル無視した15秒超えのイントロに、サビに突入する際の音から音への「飛距離」、たった数十秒で「この曲はヤバい」ということを耳が理解しました。

 

「ただいま朝日、おかえり夕日、やっと共に廻り始めルアァァアアア〜〜〜〜〜〜!!!たしにィ……」

 

転調の概念をひっくり返す「ル」から「アァァアアア〜〜〜〜〜〜!!!」の唐突感。サビを聴いてやっと「えっえっこれって最近死ぬほど流れてるCMの曲……?」と気付くレベル。まるで鳥かごの中の鳥がいきなり巨大化して鉄の檻引きちぎって大空へと羽ばたいていくかのようなパワー。常識外れ過ぎる。

 

「待たせてごめん…いつもありがと…」

 

「会いにいくよ…一つになろう…」

 

ファッ………

 

……

 

「アァァアアア〜〜〜〜〜〜!!!たしにィ……」

 

溜めて溜めて「アァァアアア〜〜〜〜〜〜!!!」車で坂道を急に下って股が寒くなるような感覚があまりにも快感。極めつけはこのフレーズ

 

あなたはわたし

わたしはあなた

みんな同じと気付いた時から

僕らは みな等しく光ってる

 

完全に姉さん事件です案件。ついに藤井風自身の口から「俺は藤井風であり藤井風は俺」という連立方程式が証明されてしまったのです。

 

「藤井風が光る=俺が光る=藤井風も光る=俺も光る=藤井風も光る…」

 

は?ポジティブ永久機関か?

 

俺は今まで藤井風という人間に対して「恐怖」にも似た感情を抱いてきました。齢25にして恐ろしいまでの才能と人間性を見せつけられ、絶望し、ああ、藤井風は俺とはまったく別次元の天才、パーフェクトヒューマンネイチャーなんだと思ってました。

しかし、この歌詞によって全てが報われました。アホみたいな顔して汗だくパンイチで画面に向かってキーボード叩いている俺も藤井風。とゆうか人類全員藤井風でした。みなさんも藤井風なんですよ?もっと自覚を持ってください。

 

自分が藤井風だと自覚すれば、この世のほとんどの悩み苦しみは無くなり、藤井風としてのプライドが出てくる。「藤井風」の名に恥じる行動はしなくなる。もしも、俺がなんらかの事件を起こして逮捕され、ニュースに取り上げられた場合

「北海道在住の藤井風ことかんそう」

として全国で流れてしまう…藤井風が悲しむ顔は見たくない…俺は藤井風のためにも絶対に罪を犯すわけにはいかねえ。抜き足差し足忍び足…