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ポルノグラフィティ最高傑作『カメレオン・レンズ』感想(5,000字)

ポルノグラフィティ新曲『カメレオン・レンズ』感想。

 


ポルノグラフィティ 『カメレオン・レンズ』(Short Ver.)

 

…さんざんこのブログでも「頼むからシングルで出してくれ」と書いてきた新藤晴一詞曲『ルーズ』『ANGRY BIRD』『AGAIN』『ミステーロ』『Part time love affair』『MICRO WAVE』系譜がついに表舞台に出ました。ありがとうございます。アミューズの株買い占めさせていただきます。

紛れもなく最高傑作。「最新こそが最高」。この曲を生み出すためにポルノグラフィティが20年活動してきたと言ってもなんら過言じゃねぇ。オイ見てるか2006年で見限った糞ども。『PANORAMA PORNO』辺りから明らかに意識して増えてた「日本語詞と英語詞を混ぜる」だとか「電子音」だとか「打ち込みサウンド」だとか「EDM調」だとか、そういう試みが、『ポルノグラフィティ』の音楽がこのカメレオン・レンズでついに完成しました。ゴリゴリの不倫ドラマ『ホリデイラブ』の主題歌なのですが、仮に「不倫」「浮気」だとか「不貞行為」みたいなことによって『カメレオン・レンズ』ができたんであれば、オールオッケーもっとしろ。里奈ァァァァ!!!!カメレオン・レンズさんが来てくださったぞォォォォ!!!

見たかよ、これが曲だ、これが歌詞だ 、これが歌だ、これが音楽だ、これがポルノグラフィティだといわんばかりに、その音が詞が声が、そのすべてが俺を震わせて、泣く。「歌詞に共感して泣く」とかじゃなくて「曲が凄すぎて泣く」なんてことがあるんでしょうか。あった。とりあえず早く『関ジャ厶』で「ポルノグラフィティ特集」やってくれ。行くから。蔦谷好位置ぶん殴って俺が座るから。警備員に首根っこ掴まれながら「ポルノ万歳!ポルノ万歳!」っつって叫びながらテレ朝をあとにします。

  

では好きなポイント今から100挙げます。

 

 

・イントロ

最近のポルノの曲のイントロの高揚感は頭おかしいんですけど、『カメレオン・レンズ』もご多分に漏れず、お漏らししますよね。「トゥントゥントゥントゥントゥントゥン…トゥントゥントゥントゥントゥントゥン…」の打ち込み音だけでもヤバいのになんらかの音「ヌァヌァヌァヌァ…」で「ぉぉン??…なんだなんだなんだなんだ…」とこっちの劣情を煽るだけ煽っておいてからの岡野昭仁の「あ」ですからね。

「あ!!??っpwズウウズウおごおごごおごおごごあじぇいあwじおんなあっぐおごあおっっg!!?!」

ってなるわこんなん。

 

 

・新藤晴一の歌詞のゾクゾク感

新藤晴一の書く歌詞というのは「次に何を言ってくれるんだろう」というゾクゾク感が凄い。「次はこういうことを書いてるんだろうな」というこちらの予想は絶対に当たらない。いつも想像の遥か斜め上を行ってくれる。だからこそワンフレーズワンフレーズを噛みしめるように聴くことができる。しかも何がすごいかというと、噛む人間の舌によって味が変わる。

そして今作『カメレオン・レンズ』の歌詞、「ポルノグラフィティの歌詞に『色』『空』『月』『薔薇』『ワイン』『鳥』『羽』『夜』が出れば名曲」というのは誰もが知るところですが、奥さん、全部入ってます。役満。全てのフレーズがキラーワード。

「Aメロ…うわ…良い…Bメロ…あっ…ああ…良い……サビィ……ヒィィィィ……良い…………」と一曲で一生分のため息。窒息して死ぬ。

 

 

・曲の長さ

ポルノグラフィティのすごさというのは、まぁその声も歌詞もメロディもアレンジもそうなんですが、俺が挙げたい大きなポイントとして「曲の長さが絶妙」というのがあります。ポルノグラフィティの曲を通して聴いたとき、特にシングルにおいては長すぎず、短すぎず、「もう一回聴きたい!」と思わせる本当に丁度いい塩梅の曲時間で収められいて、今回の『カメレオン・レンズ』もそう、いや、いつにも増してそのこだわりが垣間見える。

例えば大サビの部分、普通なら二回繰り返したいところを一回でスパッと終わっていてそこが曲全体の「余韻」をより強いものにしている、と俺は思う。

「名曲」と呼ばれる曲の9割は曲時間4分〜5分である

という名言どおりです。(俺がいま作った)

 

 

・2番の入り・間

『カメレオン・レンズ』に限らず、ポルノの曲は「2番の入り」が全ミュージシャン中最強。よく多用するのが2番Aメロ終わりで一瞬音が止むアレ、、、

真紅の薔薇もワインも…(ンケッンケッンケッ…)

色をなくし泣いてるのぉ…(ンケッンケッンケッ…)

ァッ………………

ッッチャカッ…ッッチ…パパァァァン………

 

…ここで俺の耳は溶けてなくなる。

 

 

・日本語と英語詞のバランス

冒頭でも書いたように、最近のポルノグラフィティの、特に晴一詞の傾向のひとつでもある「日本語詞と英語詞」の組み合わせ、曲によっては無理にはめ込んでいるように感じることも正直あったのですが『カメレオン・レンズ』の英語詞のブチ込み方は非の打ち所がない。これがあることによってより日本語詞のキラーフレーズが引き立つようになっていて全身の毛が抜ける。

カメレオン・レンズでの昭仁の完璧すぎるほど完璧な英語の発音を聴いてると、今までの英語詞は岡野昭仁をこのレベルまで到達させるためにやってたのか、とすら思えてくる。「君の明日はぁーーーーーーーーー!」からの「ホワットカラァッ……」色気で失神する。

 

 

・岡野昭仁の声の「抜け」と「吐息」

岡野昭仁の声の魅力と言えば「パキッと出る高音」は言わずもがなですが、最大の武器はその高音との落差、低い音程のAメロやBメロでの語尾を伸ばさないときの「声の抜け」と「吐息」にあると思ってます。英語詞の部分でも書いた「君の明日はぁーーーーーーーーー!」からの「ホワットカラァッ……」を筆頭に『カメレオン・レンズ』での「声の抜け」は吐息だけで人が死ぬ。

例:「などぉ…」「しないぃぃ…」「たりぃ…」「みたいにぃぃ…」「ユゥスィィィ…」「あかはぁ」「ホワットカラァッ……」「てはっ…」「もぉぉん……」「泣いてるのぉ……」「世界はぁ…」「なのにぃ…」「ステンドグラスぅ…」「フォエバァッ…」「なぁぜ……」「いたみがぁ…」

 

 

・アレンジのヤバさ

『カメレオン・レンズ』の編曲は篤志さんなんですけど、過去曲で言うと『ANGRY BIRD』『Montage』なんかが記憶に新しく、ポルノグラフィティ特有のギターロックに上手い具合にEDMの要素を取り入れてくれて曲のテンポ自体は決して速いわけじゃないのに踊れる、身体が勝手に動くアレンジをするのが超絶巧い。

「岡野昭仁の声と新藤晴一のギターさえ鳴っていれば、ポルノグラフィティになる」という圧倒的個性を逆手にとった大胆なアレンジ。例えばこれがドラムに正式なメンバーがいたらこの音作りはできない、ポルノグラフィティが二人組だからこそできる。

そして細かいアレンジがいちいち「おっ…お前ぇ……この感じポルノに入れてくれてありがとうございます……」となる。Aメロの「などぉ…」「しないぃ…」「たりぃ…」「にぃ…」のエコーとか、サビ前の「コァァァァッッッ…」とかね、もう、もうね…。

 

 

・間奏部分の『愛の言霊』

間奏部分とアウトロの「デェーーーーーデェーーーーデェーーーーデェーーーーーデェーーーーーデェーーーーー、デェーーーーーデェーーーーデェーーーーデェーーーーーデェーーーーーデェーーーーー」のサザンオールスターズ『愛の言霊~Spiritual Message~』のオマージュ感、椅子から転がり落ちた。

 

 

・Skoop On Somebody・TAKEさんの激ヤバコーラス

これほどポルノがアミューズで良かったと思ったことはない。なんちゅう贅沢な使い方してるんだよ。ラスサビの「アーーーーーーーーーーーーーーッ」「ブラキュァホワァァィ!」「ヌゥヌゥッ…ヌゥヌゥゥゥッッ…」とかもうスピーカーの前で土下寝した。

とりあえず『sha la la』箱買いします。

www.youtube.com

 

 

・裏声「なぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

昭仁のここぞというときの「裏声」が大好きなんですが、元々岡野昭仁というボーカリストは裏声があまり得意なほうではなかったんだと思う。地声の高さゆえにそれ以上の高音を出そうと裏声を使うと掠れてしまったり、途切れてしまう、ということがあって「お前それOKなのかよ」みたいな裏声使ってる曲もあって。言い換えればそれは「セクシー」と言えるんですけど、「完璧」かというとそうじゃないよなぁとも思ってた。

それでも、逃げずに「裏声」を使っていって、こう言うのもおこがましいんですけど、なんかどんどん上手くなってて、初期の曲の裏声と最近の曲の裏声を比べてもノビや艶がまるで段違い、もはや必殺の裏声。そして満を持しての今作、

「なぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

危険薬声に指定してください。

 

 

・歌ってるように聴こえる新藤晴一のギター

言いすぎかもしれませんが、この世に現存する全ギタリストを一列に並べて順に適当なフレーズ弾かせてって、目隠しで両手両足縛られた状態で銃口向けられて「新藤晴一はどれだ、当てなきゃ殺す」って脅されても一発で答えられる自信があるほど、彼の奏でるギターのリフには名前が書いてある。

あくまで感覚的な話になるんですけど、一番大きいのは「一音一音がしっかり鳴ってる」ってとこだと思ってて、バラードだろうがポップスだろうがロックだろうが、そこにギターの存在感が出るのは新藤晴一だからこそだと思います。そして明るい曲なら明るい音色、暗い曲なら暗い音色とちゃんとリフに感情を乗せるのがメチャクチャ上手い。まさに「ギター歌」。リアル・ギター侍。

 

 

・岡野昭仁の歌詞に対する声の字余り、字足らず的なタメ感

『カメレオン・レンズ』で「今までとは違う…」と思ったのが、メロディに対する歌詞とか声の当て方で、「ネオメロドラマティック」なんかだとメロディに歌詞とか声がバチッとブレずに当てられてるんですけど、今回やたらタメて歌ってるんですよね。例えばわかりやすいところで言えばサビの「お互いを知らないまま」、ここ「おぉたがいを」「うぅつくしい」って若干タメて歌ってるんですよ。こういう歌い方今まであんまりしてなかったような気がする。逆にCメロの字余り感なんかもミスチルなんかがここぞというときにやりがちな歌詞、声の当て方で、どっちもより曲に感情が乗ってるというか……このドエロ変態野郎共が…。

 

 

・岡野昭仁の「あ行」

先ほども少し触れましたが、今作『カメレオン・レンズ』において岡野昭仁の口から発せられる「あ行」の破壊力はシン・ゴジラのビームのそれ。心のビル崩壊です。母音ビーム。

例:冒頭Aメロ「ありのまま」の「あ」、1番Bメロ「林檎の赤は」の「あ」、「君の愛は」の「あ」、サビ「お互いを」の「お」、2番Bメロ「君の明日は」の「あ」、2番サビ「あれは僕が」の「あ」、「美しい羽」の「う」、Cメロ「痛みが」の「い」

 

 

・具体的なことはほぼ言ってないのになぜか情景が浮かぶ新藤晴一の歌詞

『カメレオン・レンズ』の歌詞はほぼ比喩表現に終始していて具体的なことはほぼ行ってないんですよ。にも関わらず「僕」と「君」の情景が「なぜか」浮かんでくるのが凄いを通り越して恐ろしい。「わからないのにわかる」という異常な感覚になる。

サビ「2つの月」「双子の月」とか、わかりあえない二人を描きたいなら、ふつうの作詞家ならそこ「太陽と月」とか書きたいところでしょ。100人いたら98人はそう書くはずなのに、なに?「双子の月」って?元はひとつだったってことなのかな、ごめん、やっぱわかんねぇ。なんだよ2つの月って、月はひとつだろ。

ラスサビの「月食の夜 待ち続ける」とかさ、決して互いを知ることがない並んでいたその2つの月?が完全に重なり合う(わかり合える)ことを望んでる?ってことなのかな?なるほど。わかんねぇ。

は???ステンドグラスがなんだって?カラスが?僕が?君の空に?放した?青い鳥?自分にとって幸せだと思っていたことは実は相手にとっては不幸だった?みたいな?はぁぁぁんんん、ふーむふむふむ、わかんねぇ。

そうやって言いたいならそうやって書けばいいんですよ。でも言わない、書かない。あえて回りくどい比喩表現で勝負する超絶面倒くせぇ男・新藤晴一。愛してる。

そして、内容もさることながら凄まじいのがこのワケわからん詞を「歌詞として成立してること」で、良い詞に触れたいなら詩集でも読んでりゃいいんですよ。それをキチンと曲として音楽としてメロディに乗せてるというところが新藤晴一がギタリストでありミュージャンであるというところのゆえん。

Cメロ「痛みこそが唯一の分かり合えるもの」と一気にストレートな言葉で確信をついてくるのもニクい。「Cメロに一番伝えたいことを込める」と以前誰かが言いましたが、まさにそれ。ここに終結するからこそ、比喩表現が活きてくるという…。

『MICRO WAVE』『夜間飛行』とか、関ジャニの『応答セヨ』、中島愛の『サブマリーン』でも思ったんですけど、新藤晴一先生、作詞家としてなんかまたひとつ上のステージ行った気がするんですが。どこまで行くんですか先生。

 

 

 

・まとめ

焼肉とかカレーがいくら大好きでも365日食ってたらそりゃ「飽き」がくるじゃないですか。なのに『カメレオン・レンズ』、今んとこ昨日の夜から150回くらい聴いてるんですけど、まるで飽きる様子もなけりゃ、再生のたび初めて聴いたかのようにずっとドキドキが止まりません。「人の心臓の鼓動の回数は決まってる」とか言いますけど、もうだいぶ寿命縮んでる。なのにリピート再生が止まらない。こわい。助けて。たぶんこれ訴えたら勝てる(勝てない)。

 

 

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