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ミクスチャーブログ

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MIU404菅田将暉の久住さん「サイコパスオブザイヤー」受賞おめでとうございます

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わたくし、サイコパス役だいすきクラブで会長をやっている者です。ドラマ『MIU404』で菅田将暉が演じた久住さん、おめでとうございます。「サイコパスオブザイヤー」獲得です。

今回の「サイコパスオブザイヤー」の選考基準ですが、わたしが定めた「良いサイコパスの条件」に「3ない」という要素があります。

 

容赦ない…いかに人を人と思わないか、残虐なことをなんでもないような顔でできるか、時には自分すら顧みず目的のために行動できるか。ここで重要なのは「しでかしたことの大きさ」ではなく、やったことに対しての「罪の意識のなさ」。嘘も盗みも裏切りも殺しも「呼吸」と同義であれば最高です。

語らない…自分でゴチャゴチャと過去や己を語るサイコパスは最悪。サイコパスに一番大切なのは「潔さ」。なぜこうなってしまった、なぜこんなことを、とか動機マジでどうでもいい。そのバックボーンがカラッポであればあるほど滾ります。

わからない…作品の最後の最後までその人物のことが一切わからないことこそサイコパスの真骨頂。「一見優しそう」とかギャップがあればなお良いです。そもそもサイコパスのことをわたしたちが理解しようなどと考えてはいけません。サイコパスの言動に対して「なぜ」と疑問を持つのはやめましょう。

 

自分を含めた生きとし生ける全ての人間を「クズ」「ゴミ」と言い、自分にとって不必要になったものを罪悪感をいっさい抱かず見捨てる容赦のなさ、息を吐くように嘘を重ね最後の最後まで「己」を語らず「自分は人間じゃない」とまで言い切る潔さ、そして見終わったあとに何もわからなくなる理解のできなさ、久住はこれらすべてを兼ね備えた完璧なサイコパス『PERFECT PSYCHOPATH』、そう「3P」でした。素晴らしい…

どの回も良い演技を見せてくれましたが、わたしが最も滾ったシーンはなんといっても最終回ラスト、

 

伊吹「名前は?本当の名前」

久住「俺は久住…五味…トラッシュ…バスラー…スレイキー」

志摩「どこで育った?」

久住「…何がいい?不幸な生い立ち?歪んだ幼少期の思い出?虐められた過去?ん?どれがいい…?俺はお前たちの物語にはならない」

 

という会話。このシーンがすべてを持っていきました。自分は何者でもない「404 not found」だと言い切る気持ち良さ。久住のカラダから背骨ごと自分の過去も未来もポーンと抜け落ちた感覚。今までの不気味なほどの明るさはどこへ行ったのか。どこまでいっても空虚、カラッポ。名前も、生い立ちも、性格も、これまで久住というキャラクターを形成していた「関西弁」という設定ですら怪しくなった瞬間、わたしは全身にサイコを注入され、ドーナツEPやってないはずのにラリ狂いそうになりました。

なにより、大阪出身で誰よりも自然な関西弁を操れる菅田将暉にあえて「オーバーな関西弁」を喋らせることで視聴者に微妙な違和感を終始抱かせ、最後の最後のセリフだけ「標準語で話す」という爆弾を落とし、全てを闇の中に葬る野木亜紀子の脚本力、そしてそれを120%体現する菅田将暉の演技力…ありがとうございます、幸せなゲロがたくさん出ます。

 

さらに港での伊吹との会話で

 

「せやなぁ、全員死ねばいいと思おてるよ。汚いもん見んようにして自分だけは綺麗やと思てる正しい人ら、み~んな泥水に流されて、全部なくしてしもたらええねん。神様は俺よりもっと残酷やで、指先一つ、一瞬で、人も街もぜーんぶ攫てまう、全部のうなって、それでも10年経てばみーんな忘れて終わったことになっとるアーーー!頭ん中の藻屑や。まぁみんな自分のことでいっぱいっぱいやからな。おっぱい」

 

と、どこまでも抽象的なセリフで、伊吹を、志摩を、視聴者を撹乱する。「踊れ」と言わんばかりに匂わせるだけ匂わせる。

「泥水に流されて」「人も街もぜーんぶ攫てしまう」「10年経てばみんな忘れて」「おっぱい」

われわれアホはこのワードだけを鵜呑みにし、

「えっ…?泥水…?攫う…?10年…?もしかして…久住さん…おっぱい星人なんじゃ…」

とかそういうこと考えちゃいますが、これこそが久住の張った罠。なぜこれが本当のセリフだと思えるのか。あれだけ嘘を垂れ流し続けてきたこの男の、なにを信じて過去を妄想できるのか。

じゃあ10話で成川たちに話していた「大阪の天王寺出身」「オカンと2人片寄せあって暮らした」「オトンとふたりきりで育った。母親の顔も知らない」「いつも一人でパソコンが友達」、これが嘘で伊吹に話したあのセリフが本当だと言える証拠は?なにもありません。あるのは「人は信じたいことを信じる」これのみ。

 

なにが嘘でなにが本当か、まったくわからない。理解しようとすればするほど「久住」という泥沼にハマってしまう。おそらく真実なのは「おっぱい」だけ。そして、 

「俺はお前たちの物語にはならない」

このセリフがラストに来たことによって、最後まで人ならざる者で、サイコパスであり続けようとする久住の覚悟と、簡単に他者を理解しようとするわれわれの浅はかさが浮き彫りになり、シンプルに死にたくなる…と同時にどうしようもなく久住の虜…さ…サイコ…最…高…

志摩にタオルを当てられた瞬間のあの顔、今すぐ彫刻にして玄関に置かせていただきます。

 

…久住さん、本当におめでとうございました。ナイスサイコパス