kansou

ミクスチャーブログ

広告

映画で実在の人物が出てくると主人公に「じゃあお前だれ…?」となる現象

映画とかドラマの「実在する人物や作品」が出てくる作品観てると、主人公を演じてる役者に対して「じゃあお前だれ…?」と思って集中できなくなりませんか?

花束みたいな恋をした 通常版 [DVD]

例えば、菅田将暉と有村架純が主演の『花束みたいな恋をした』という映画は限りなく「現実に近いフィクション」で、とんでもない数の実在人物、作品が出てくるんですが…その世界に「男優・菅田将暉」と「女優・有村架純」っているんでしょうか?

SMAPも、押井守も、ワンオクも、ゴールデンカムイも、シン・ゴジラも、ゼルダの伝説も、パズドラも存在している世界だったら、菅田将暉と有村架純も同時に存在してないとおかしいだろと。

 

…いるなら、じゃあこの作品に出ている麦(菅田将暉)と絹(有村架純)はなんなのか、という話になってくるじゃないですか。

麦(菅田将暉)はどっからどう見ても菅田将暉であり、絹(有村架純)はどっからどう見ても有村架純であり、菅田将暉と有村架純そのもの。

その世界に菅田将暉と有村架純が存在するのであれば、確実に麦(菅田将暉)は「菅田将暉のドッペルゲンガー」、絹(有村架純)は「有村架純のドッペルゲンガー」として話題になってるはずですし、二人が菅田将暉と有村架純を知ったその日から確実に「あれ…?俺って菅田将暉じゃね…?」「え…?私って有村架純じゃん…?」ってなって絶対調子こくと思うんですよ。

 

でも二人はそうしない…ここに矛盾が生じる

 

映画の序盤に麦(菅田将暉)がGoogleストリートビューに偶然映っている自分を見つけてテンション爆上がるくだりがあるんですが、めちゃくちゃ「いやなにがストリートビューだよ天下の菅田将暉だろお前は」と思いましたし、バーで麦(菅田将暉)が実写版『魔女の宅急便』の話をする男女を見て、

「あなたたちか…この世に数々の実写版を生み出しているのは…」

とか言うんですけど「一番生み出してるのはァァアアア!!!テメェだろうがボケェエエエエエエ!!!」と血管ちぎれるほど叫びました。なんだこの世界は…

 

つまり…麦(菅田将暉)と絹(有村架純)には「自分が菅田将暉と有村架純である自覚がない」…イコール

 

「『花束みたいな恋をした』の世界には菅田将暉も有村架純も存在しない」

 

ということは、菅田将暉と有村架純の代わりになる「菅田将暉みたいな男」「有村架純みたいな女」が別に存在する…?

 

じゃあ例えば、

・菅田将暉みたいな男が主役の『仮面ライダーW』を観ている麦(菅田将暉)

・ラジオ『菅田将暉みたいな男のオールナイトニッポン』を聴き、そこで流れる菅田将暉みたいな男が歌う『まちがいさがし』を聴く麦(菅田将暉)

・「菅田将暉みたいな男」が演じた実写化『銀魂』の志村新八に文句を言う麦(菅田将暉)

・「有村架純みたいな女」がCMキャラクターを務める『お〜いお茶』を飲む絹(有村架純)

…というシチュエーションが生まれる可能性が…?作中で二人が飲んでる「スーパードライ」に至っては紛れもない「菅田将暉」自身がCMをやってる。なんだこれは…

 

ということは、映画『花束みたいな恋をした』の世界の中にもまた、映画『花束みたいな恋をした』が存在することになる…

すなわち…映画『花束みたいな恋をした』の中の麦(菅田将暉みたいな男)と絹(有村架純みたいな女)を観ている麦(菅田将暉)と絹(有村架純)の世界の中にも映画『花束みたいな恋をした』が存在し、その中の麦(菅田将暉みたいな男)と絹(有村架純みたいな女)が観ている麦(菅田将暉みたいな男みたいな男)と絹(有村架純みたいな女みたいな女)が主演の映画『花束みたいな恋をした』が存在することになる…

 

ついてこれてますか?

 

で…ここからが一番怖いんですけど

 

『花束みたいな恋をした』が限りなく「リアルな世界」であるならば、映画の中にも確実に

「俺」

という人間は存在する…つまり映画の中で生きる「俺みたいな俺」がいて、そいつは確実に俺と同じ日に「菅田将暉みたいな男」と「有村架純みたいな女」が主演の映画『花束みたいな恋をした』を観ている…

そして「俺みたいな俺」が観た映画『花束みたいな恋をした』の中にも「俺みたいな俺みたいな俺」が存在していて、そいつもまた俺と俺みたいな俺と同じ日に「菅田将暉みたいな男みたいな男」と「有村架純みたいな女みたいな女」が主演の映画『花束みたいな恋をした』を観ている…

そして「俺みたいな俺みたいな俺」が観ている映画『花束みたいな恋をした』の中にも「俺みたいな俺みたいな俺みたいな俺」が存在していて、そいつもまた俺と俺みたいな俺と俺みたいな俺みたいな俺と同じ日に「菅田将暉みたいな男みたいな男みたいな男」と「有村架純みたいな女みたいな女みたいな女」が主演の映画『花束みたいな恋をした』を観ている…

 

つまり…映画『花束みたいな恋をした』を観たその瞬間から、永遠に終わることのない「『花束みたいな恋をした』の円環」に囚われ、人は『花束みたいな恋をした』から逃れることは絶対にできないという「真理」が生まれる…

 

ということは『花束みたいな恋をした』を作り出した「坂元裕二」こそが全ての“創造主”…?

 

しかし…『花束みたいな恋をした』の世界の中にある映画『花束みたいな恋をした』を作った「坂元裕二のような男」も確実に存在し…すなわち創造主である坂元裕二もまた『花束みたいな恋をした』の円環の一部にすぎず…つまり…

 

は?