羽田空港に売っている『N.Y.キャラメルサンド』が、めちゃくちゃにヤバい。正直、これを買うためだけに住んでいる北海道から飛行機に乗ってると言っても過言ではありません。
もはや、ここは空港などではなく、N.Y.キャラメルサンドが売っている場所にたまたま飛行機が離着陸しているにすぎない、とすら思う。そしてこのN.Y.キャラメルサンドこそ、俺の心を羽ばたかせる唯一の飛行機…
正直、N.Y.キャラメルサンドに出会う前まで「キャラメル」という存在をめちゃくちゃ下に見てました。
「すぐ歯に挟まるバカ」
「ただ甘ったるいだけの無能」
「チョコの下位互換」
「食べるひろゆき」
そんな耳を塞ぎたくなるような汚いレッテルをキャラメルに貼ってきました。俺の中で「今すぐ存在が消えてもいっさい困らない食べ物ランキング」の上位としてグリーンピースやハナクソを抑え1位に君臨していたのです。
が…そんな凝り固まった価値観をN.Y.キャラメルサンドはいとも簡単にひっくり返してしまったのです。今すぐ全てのキャラメルに土下座したい。本当に申し訳ありませんでした、バカは、無能は、この俺だった。
あまりにも美しすぎる黄金比率の丸に、ねっとり……と蜘蛛の巣のように口内に絡みつく色気すら感じられるキャラメル、それをコーディングするこの世の全てのカルマを凝縮したようなチョコレート、そしてそれをサンドするバターが香るバターどころの騒ぎではない牧場そのものの香りがするクッキー…その全てが「奇跡のバランス」でもって成り立っていた。なにかひとつ欠ければバラバラに崩れてしまいそうなほど繊細で計算され尽くされているのです。
「飲み込まずにずっと口の中に入れておきたいんですが」
「え?本当に人間が作ってる?」
「これ以上食べるとアタマおかしくなっちゃう…」
「うますぎて腹立ってきたわ」
「もううまいのかどうかすらわかんねぇよ」
「てかうまいってなに?」
「え?もしかして逆にまずい?」
もはやN.Y.キャラメルサンドの味は完全に私の舌と脳のキャパシティをオーバーしていました。タイムスリップしてきた原始人が現代文明を見た時の気持ちがよく分かった。
そんなN.Y.キャラメルサンドの唯一の欠点、それは「食べると無くなる」
信じられないかもしれないですが、食べ物って食べると無くなるんですよ。そしてその別れはあまりに突然。いつまでも一緒にいられる、そう思っていたのに。ずっと一緒だよって約束したのに。
愛していたからこそ、失ってしまった時の悲しみはあまりにも大きい。なぜ、アナタは、食べるとなくなってしまうの…?残酷な現実に目の前が真っ暗になり、ケツをむしるだけの日々が続いた。君たちも、大事な人には伝えたいことは今すぐ伝えたほうがいい。また明日、後で、じゃ遅いんですよ。そんな保証はどこにもないんですよ。
日本人が持つ奥ゆかしさ、謙虚さ、それは本当に素晴らしいものだと思います。かの夏目漱石は「I love you」を「月が綺麗ですね」と訳したそうですが、彼女を失った今の私に言わせてしまえば「うるせぇだまってろ」としか思わないですね。
俺は今すぐ過去に行き、夏目漱石の胸ぐらをつかんでこう言ってやりたい。
「ふざけんじゃねぇ…いいか、漱石?思ってることはハッキリと言葉にしなければ伝わらねぇんだぞ!?詩人ぶった回りくどいくっせぇセリフで気持ちが伝わるって、おまえ本気で思ってんのか?愛してるなら愛してる、抱きたいなら抱きたいって正面から言わなきゃ、おまえ一生そのまんまだぞ?くすぶったままでいいのかよ!?自分変えたくねぇのかよ!!漱石!!!!なぁ!!!!」
漱石は俺の言葉を聞いて大粒の涙を流していた…なぜだろう…俺も泣いていた…俺は何も言わず、手に持っていたN.Y.キャラメルサンドを漱石に手渡す…
その形は、まるで夜空に浮かぶ月のようだった。漱石は月を見上げながらN.Y.キャラメルサンドをひとかじりし、つぶやいた…
「月が…綺麗ですね…」
そう微笑む漱石のあどけない表情に少し照れながら…俺はこう返した…
「バカ…」
は?