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『クレヨンしんちゃん 雲黒斎の野望』でしんのすけが普通に人殺してた

映画クレヨンしんちゃん 雲黒斎の野望

 

Amazonプライムでクレヨンしんちゃんの映画が見放題になってたんで久しぶりに『雲黒斎の野望』見てたんですけど、なんかしんのすけが普通に人ぶっ殺してた。

中盤、フリードキン・珠死朗(たましろう)とかいうゴリゴリの鎧着た信じられないほど鋭利なサングラスの大男に襲われそうになるんですけど、そこでしんのすけが周りにいたザコ敵からガトリング砲奪って発射。そしたら、全弾背中に命中してそのまま川に顔面からブッ倒れるフリードキン・珠死朗を見てしんのすけ一言、

 

「おォ…ほォ……」

 

こっ、殺した〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?!!?!?

 

これまで数あるクレヨンしんちゃん漫画アニメ映画多々あれ、こんな直接的に誰かぶっ殺すシーンあったでしょうか。

 

私は考えた。

『クレヨンしんちゃん』という作品がいくらギャグ、ファンタジーだと言ってもここまで直接的に「死」というものにわずか5歳の幼子を関わらせるのかと。敵の一人として登場するダイアナお銀は実はロボットだった、という正体があったようにフリードキン・珠死朗もそうではないかとも思ったが、劇中にフリードキン・珠死朗をロボットだということを明確にする描写はなく、公式、非公式問わず、どこを探してもそのような情報もない。フリードキン・珠死朗が断末魔に、

「どォァ…ぐァッ…」

という声を発したことからも「フリードキン・珠死朗は人間だった」という可能性がかなり高い。

そう、紛れもなくこの瞬間、野原しんのすけ(5歳)は「人を殺めた」のだ。

 

思えば、この『クレヨンしんちゃん 雲黒斎の野望』は多くの人間が「死ぬ」作品でもある。私も最初は所詮ギャグの範疇だと思って見ていたが、フリードキン・珠死朗の死をキッカケにストーリーを別の観点から紐解いてみるとこの映画には「恐ろしく深いメッセージ」が隠されているのではないのかという結論に至った。

そもそも、この『雲黒斎の野望』は数あるクレヨンしんちゃん映画作品のなかでも毛色の違う作品だった。オープニングからどこか不気味な雰囲気を漂わせ、敵として登場する雲黒斎一派のキャラクターも「一ツ目の黒子」「ダイアナお銀」をはじめ、かなりおどろおどろしい出で立ちをしており、およそ子供向けの作品とは思えないほどの威圧感と言いしれぬ恐怖があった。ギリシャ神話において一ツ目、すなわちサイクロプスは父神に嫌われ、兄弟族のヘカトンケイル族とともに奈落タルタロスへ落とされたという。弟族のティーターン神の1人クロノスが政権を握ったあとも、久しく拘禁されたままであったが、ティーターノマキアーの時、ゼウスらによって解放される。キュクロプス達はその礼として、ゼウスには雷霆を、ポセイドンには三叉の銛を、ハーデスには隠れ兜を造り、以後はヘーパイストスのもとで鍛冶業を続けたといわれるが、息子アスクレーピオスをゼウスの稲妻で失った太陽神アポロンの逆恨みから虐殺されたという悲劇的な異伝を持っていたという。また、野原一家は序盤から一ツ目に襲撃されたり、たまたま出会った下級武士に切り捨てられようとしたりと多々、命の危険にさらされるシーンがあるのだ。そう、この映画のディティールの至るところに「死」というものが隠れていることは明白に相違ない。

そして、この映画には「死」と同じようにもうひとつのキーワードがある。それが「生」だ。ネタバレになってしまい申し訳ないが、野原一家と共に旅をすることになる春日吹雪丸は「女」ながらにして「男」として生きてきた。戦国という時代背景や吹雪丸自身の家庭環境によって吹雪丸は生まれながらにして「男」であることを宿命づけられてきたのだ。それは家族のため、国のため、自分のため、なによりこの戦国という厳しい時代を「生き抜く」ために吹雪丸はこの宿命を受け入れたのだ。ダイアナお銀との戦いの中で吹雪丸が己の髪の毛を切り、放った

「私は…私は女ではない…!」

というセリフは吹雪丸というキャラクターを決定づける最も重要なシーンだろう。

劇中、しんのすけは雲黒斎一派の手によって父ひろしと母みさえを「玉」に変えられてしまい、その仇討ちのために吹雪丸と共に雲黒斎の城を目指す。そして吹雪丸もまた雲黒斎によって城を滅ぼされ、両親を殺され、妹を玉に変えられていた。雲黒斎に野原しんのすけ5歳、春日吹雪丸15歳という幼い子供達が「家族を失う」…この悲しみというのは計り知れないものがあるが、二人は決して絶望せず希望に向かって先へ進む。この『雲黒斎の野望』はそんなしんのすけと吹雪丸の生き様を通じて視聴者に「生きる」、いや「生きねば。」というメッセージを与えようとしているのかもしれない。

また、本作には物語の最大のカギとなる「ABBAAB右右左」というセリフがある。これを頭文字として文章を組み立て見るとこうなる…。

Attack Big Bomber Apple Another Beauty Right Right Left

あらわになったナイン・ワーズ。過去と現代を行き来するストーリー。…ここから先は言わずもがな、だろう。「生と死」「過去と現代」…この2極化されたメッセージのなかに隠されているイデア、それこそがわれわれ人類がひた隠しにしてきた歴史の空白の1ページ、「失われた百年」を取り戻すための大いなる器の復活を…………

 

…的なこと考えてたんですけど、映画のなかで出てきた刀、

 

「第七チンチン丸」

 

の語呂の良さにツボってどうでもよくなりました。『雲黒斎の野望』にメッセージなんかねぇ、ただ面白いだけの最強の映画。なあ?みさえ。

  

 

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