札幌にスープカレー店は星の数ほどあれど、未だここのスープカレーを超える店には出会ったことがない。
豊平区平岸に店を構えるその名も『SOUP CURRY KING (スープカリーキング)』まさに「王」を冠するに相応しい味。
まず圧倒されるのはその店構え。ホワイトを基調とした荘厳な雰囲気を醸し出す趣きのある外観はまさに「王国」。獅子が獲物を狩るときに見せるあの鋭い眼差しを髣髴とさせる。
店に入ると、鼻をつんざくようなスパイスの香りが漂ってくる。直後、脳天からつま先まで稲妻に撃たれたような衝撃が全身に走る。「ゴクリ」思わず生唾を飲み込み、失いそうになる理性を保つため必死に下唇を噛む。
そして飛び込んでくるのは、名だたる著名人達のサイン。ポルノグラフィティやゴスペラーズのボーカル黒沢薫、ファンキー加藤、湘南乃風の人など、特にミュージシャン達のサインが目につく。彼らの刺激的かつ美しい歌声はKINGのスープカレーのスパイスからきているのだろう。成程、納得。
窓際の席に腰を下ろす。平岸の道路が一望できる見晴らしの良いシーナリーが広がる。電柱、白線、ガソリンスタンド。札幌広しといえどここまでの絶景が堪能できるのはこの場所以外にない。思わず息を呑む。
しばらくすると店員が颯爽と現れ、オーダーを聞きに来る。速い。このスピーディーな接客こそがKINGが王たる所以なのだろう。
サッと店員がコップに注がれた冷たい水を差し出す。注文前に一口。
う、うまい。
なんだこの水は。
今まで数えきれないほどの飲食店に訪れ、その度に水を飲んできたがここまでまろやかで口当たりが良く、かつしつこくない水を飲んだのは初めてだった。これが、これが王の水か。
高鳴る心音を店員に悟られないように平静を装いながらオーダーに臨む。定番のチキン野菜カリー。
「かしこまりました!」
とても愛想の良い女性店員の笑顔。ただのアルバイトではない、ということがすぐにわかった。これが「接客のプロ」というものなのだろう。
なんといっても、KINGのスープカレーの特徴はこの接客にある。
いつもここに足を運べば120%の満足を得ることができる。この感覚は他のスープカレー店、飲食店では決して味わうことの敵わない極上のサービスが堪能できる。
自分のバッグやコートなどは席の下に配置されている「カゴ」の中に入れておくことができ、決して私物を汚すことはない。スープが周囲に飛びやすいスープカレーにおいてこの「安心」という作用はなによりも重要で、この基本中の基本が疎かになっているスープカレー店はとても多い。味を提供する前にまず食べる者の「安心」と「満足」を提供する。それができて初めてスープカレーを提供する側としてのスタートラインに立てる。
さぁ、そうこうしているうちに主役のお出ましだ。『チキン野菜カリー(辛さ2番)』
モクモクと立ち込めてくる煙の中に見える世界。そう、それは誰もが等しく平等で誰もが邪魔することのできない自分だけの聖域。まずはスプーンを手に取り、スープに口をつける。
ぼこぼこぼこ。
口の中が躍り出す。凝縮された旨味が爆発し、はじけ飛ぶ。舌先で隠と陽、静と動が絶え間なく交互に繰り返される。頭がおかしくなりそうなくらいの旨さに思わず、額から汗が流れ落ちる。
次に野菜。ピーマンをひと齧り。そしてチキン。パリパリのチキンレッグ。「こんなに美味しく料理してくれてありがとう!こんなに美味しく料理してくれてありがとう!」はっきりと食材達の感謝の声がはっきりと聞こえた。涙、涙、涙。
そしてライス。ターメリックライスをスプーンにすくい、スープカレーの中に半分くらい浸し口に運ぶ。我々スープカレー通の間ではこの動作を「ダンク」と呼ぶ。ちなみに、ライスを全てスープに浸すと「ダイブ」、逆にスープをすくいライスの上にかけることを「スマッシュ」と呼んでいる。参考にまでに。
うああああああっ。
と、思わず雄叫びを上げてしまいたくなるほどだった。そこから先は毎回のことながらあまりよく覚えていない。まさに「無我夢中」気が付くと空の皿だけが無造作に置かれているだけ。
名残を惜しみながら店を後にする。外に出るとフッとまるで魔法が解けたかのような感覚を覚えた。
そうだ、これからまた日常がはじまっていくのだ。高揚感と、僅かばかりの虚無感を抱えて。