半分ウソの話なんですけど、先日札幌のラーメン屋『彩未(さいみ)』に行ったときのことなんですが。彩未はラーメン王国・札幌のなかでもトップクラスの人気を誇る超有名店。この日も12時半に店に着いた時点ですでに長蛇の列。店の中に入るとサインがズラリ。「SEKAI NO OWARI」のDJ LOVE、「コブクロ」の黒田俊介など顔を見れば誰もが知るような有名人の名前が並び、彩未がいかに人気店なのかを物語っている。
そんな彩未のメニューで圧倒的人気を誇るのが「味噌」。コクがあるのにクドくない絶妙なバランスのスープとコシのある中太ちぢれ麺との相性は抜群。チャーシューも厚切りの一枚肉とトロトロの角煮の二種類が入っていて食べごたえ十分。さらにトッピングのおろし生姜を溶かすことで味が変化し二度三度楽しめる最強ラーメン。店内を見渡しても9割の人間が味噌。
数分後、待っている客一人ひとりにオーダーを取る女性店員。当然、客の口から出る「味噌」の嵐。
女性店員「ご注文お伺いしま〜す」
学生らしき青年「味噌と小ライスで〜」
女性店員「ご注文お伺いしま~す」
カップル男性「俺はチャーシューメン味噌…お前は?」
カップル女性「わたしも味噌!」
女性店員「ご注文お伺いしま~す」
中年おじさん「味噌大盛り」
女性店員「ご注文お伺いしま~す」
外国人男性「ミソ スープ ワン プリーズ」
女性店員「ご注文お伺い…」
俺「塩で」
女性店員「へっ…?」
ザワッ……!
名もなき客(あ、アイツ…いま「しお」って言わなかったか…?)
名もなき客(まさか…なにかの聞き間違いだろ…?)
女性店員「すっ、すいません…もっもう一度…よろしいでしょうか…?」
俺「塩で」
ザワザワッ……!
女性店員「ひっ…し…「しお」で…よっよろしい、ですか…?」
俺「塩で」
ザワザワザワッ……!
騒然とする店内
名もなき客(本当に…「しお」…?)
名もなき客(う、嘘だろ…)
名もなき客(も、もしかして…け、「血族の末裔」…)
女性店員「ち、注文入ります……しっ、しっ、「しお」……い、イヤァァアアアアアァァァ!!!」
カラァンッ!
厨房からお玉の落ちる音
男性店主「し、「しお」……だと…?」
男性店員「え、う、あ、あ、いっ、、」
男性店主「落ち着けッッ…!悟られるとまずいッッ…!」
男性店員「どっ、どどどどどっどどうすれば……」
男性店主「…ワシがやる。お前達は下がっていろ……」
男性店員「て、店主……」
ようやく席に通される俺
女性店員「かっかかかかっかあかかカウンターあああのお席へどっどどど」
俺(スッ)
名もなき客「すっ、すいませッッ!おっお会計!!」
名もなき客「おっ、俺もッッ…!」
おもむろに席を立つ両隣の客
名もなき客(やりやがった…アイツ…本当に「しお」を頼みやがった…)
名もなき客(こ、この落ち着きよう…本当に「血族の」……?)
名もなき客(お、おれ…生きた心地がしねぇよ…)
男性店主「この道一筋、四十五年…ワシのラーメン人生のすべてをかけるッ…!」
男性店員「ゴクリ…今日で…札幌の、いや、日本のラーメンの歴史が…大きく変わる…」
シャッシャッ!ジャーーーーーッ!ジュワジュワッ!
名もなき客(あの…おじさん…今まで「しお」を頼んだ人って…?)
名もなき客(俺はもう何年も彩未に通っているが…彩未で「しお」と口にして店を無事に出た人間は一人もいねぇ…食べた人間はその場で「暗獄」へ堕ちるか…仮に出られたとしてもそいつに待っているのは……こ…これ以上は俺の口からは言えねぇ…)
名もなき客(じゃあ…あのウワサは本当に…)
名もなき客(…なんにせよ、あのヤロウがそれを「わかって」注文しているのは…間違いねぇみたいだがな…)
ザッ!ザッ!ザシュッ!ギャンギャンギャンッ!
男性店主「ハァ…ハァ…で…できたぞ…「しお」だ…」
男性店員「こっ…これが「しお」…」
男性店主「ウッ!?ウグゥゥウウウウウウーーーーーッ!!」
男性店員「て、店主!?しっかりしてください店主ッ!?」
男性店主「ハァ…ハァ…お…俺のことはいい…席…まで…持っていけ……お前にしか…できねぇ…「仕事」だ…」
男性店員「て、店主……わかりました…」
ツカツカツカ…
男性店員「お待たせしました……「しお」です……」
器に釘付けになる店内…
女性店員「ゴクリ……」
名もなき客「ゴクリ……」
名もなき客「ゴクリ……」
名もなき客「ゴクリ……」
学生らしき青年「ゴクリ……」
カップル男性「ゴクリ……」
カップル女性「ゴクリ……」
中年おじさん「ゴクリ……」
外国人男性「god...」
!?
全員(これが……「しお」……?)
…
名もなき客(そうか…そうだったのか…)
名もなき客(えっ?)
名もなき客(…「しお」とは食べた人間の心を写す「鏡」のようなものだったのかもしれねぇ…)
名もなき客(そ、それって…)
名もなき客(今までの客が「しお」によって「暗獄」へ堕ちてしまったのは己の心の弱さゆえ…いや…堕ちたという表現も間違いだった…誰一人として堕ちてはいなかった…昇っていったんだよ…みんな…「美味」という名の天国へな…悪の心すらも浄化するほど美味いラーメン…それが「しお(心悪)」だったんだ…)
名もなき客(俺…わかった気がします…彩未のラーメンを食べた人はみんな笑顔で店を出ていくんです…それは何ラーメンでも関係ない…味噌でも醤油でも…そう塩でも……「未来を彩るラーメン」…それが「彩未」なんですね…)
名もなき客(ちげぇねぇ…さぁ…俺達も食おう…せっかくの麺が伸びちまう…)
名もなき客(はい…)
…