米津玄師の曲から出る「変な音」が大好きでね…
ピアノやギターだけじゃなく、米津にかかれば、どんな音も曲になってしまう。米津にとってはこの世で鳴る全ての音が「米津の楽器」。次に米津の新曲になるのは自分かもしれない。
そんなワクワクと恐怖を抱えて毎日を生きているんですが、初めて新曲『地球儀』を聴いたとき、正直「あれ?どうした?よねづ?」と思いました。
曲の内容が、映画やジブリとどうリンクしているとか、そういうのを一旦抜きにしても、駄菓子屋商売、ポッピンアパシー、でしょましょ、といった「米津米津曲」に脳を引きちぎれられた人間にとっては『地球儀』は、あまりにもシンプルかつ綺麗すぎる印象を抱いたのです。
たしかに非常に良いメロディ、良い歌詞なのは間違いない。ただ、聴いた人間を否応なしに穴に引きずり込む「怖さ」みたいなものは感じられず、俺は
「なぁ…くれよ……もっともっと米津米津くれよォ……たのむよくれよォ………」
と嘆かずにはいられませんでした。
が、「今回はこんな感じかシュン…」と思いながら何度か聴いていると、なにかがおかしい。なんだこの違和感…?なん
ずっとイスっっっっっっっっうるッッせェエエエエエエエエエエ!!!!!!
さっきからギシギシギシうるせぇんだよ俺のオンボロ椅子マジでブチ壊…え?いや。まて。
米津でした
俺が座っているイスの経年劣化かと思った「ギシ音」はまぎれもなく、米津の曲から流れる「ギシ音」だったのです。
そして異常なのは、その回数。いいですか…
0:03〜 (フュェエエエエエエエエ〜〜〜〜〜ン!!!!)(ヌゥウウウウウゥウウウウウ!!!!)(ギシ…)
0:21〜 「僕がァ…生ぅまれたァ…日のォ空はァ………」(ギシ…ギシィ…)
0:30〜 「晴れわァっァァあああたっていたァァァあああ」(ギ…)
0:41〜 「聞いたァ…」(ギ…)
0:43〜 「あの日ィイ…」(ギ…)
0:46〜 「季節ゥ」(ギ…)
1:03〜 「光に触れてェエエ!!!」(ンギイィイ…)
1:10〜 「空はァ」(ンギィ…)
1:12〜 「遠くゥ」(ギシィ…)
1:15〜 (レェンレェンレェン!レェエエエ〜〜〜ン!)(ンギィイギイ…)
1:52〜 (レェンレェンレェン…)(ンギィイ…)
1:54〜 (レェンレェンレェン…)(ンギィイ)
1:55〜 (レェンレェンレェン…)(ギィ…)
1:56〜 (レェンレェンレェン…)(ギシ…)
1:58〜 (レェンレェンレェン…)(ンギィ)
1:59〜 (レェンレェンレェン…)(ギィ…)
2:01〜 (レェンレェンレェン…)(ギィ…)
2:04〜 「僕がァ…」(ギ…)
2:09〜 「あのォ人はァア……」(ギイ…)
2:10〜 (ンウ〜〜〜ンウゥウ〜〜)(ギギ…)
2:17〜 「行ったァア……」(ンギイ…)
2:24〜 「顔でエエエエエエエ!!!!」(ギ…)
2:32〜 (レェンレェンレェエエエ〜〜〜ン!)(ギィ…)
3:22〜 「始まァアアアアるものォ……」(ギシギギィ…)
3:27〜 「抱えェエ……」(ギィ…)
3:30〜 「道をォ〜〜〜」(ギ…)
3:32〜 (レェエエエエンッッ………!)(ギシィ……)
4:16〜 (レェン……)(ンギイ…)
4:18〜 (レェン……)(ギシィ……)
4:19〜 (レェンレェ……)(ンギイィイ…)
4:21〜 (レェン……)(ンギイ…)
4:23〜 (レェン……)(ンギィイギイ…)
4:25〜 (レェン……)(ギシィ……)
へ、変態ィイイイイイイイイイイ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!
計31ギシ音。本当に変態すぎる。普通こんなのは、曲のアクセントとして邪魔にならないようにイントロとアウトロにちょこっと入れればいい…
だが米津はちがう。米津はずっとギシギシ言ってる。なんならけっこう「このタイミングでいるか?」というとこですらギシギシ言ってる。米津は間違いなくこの曲の主役を「ギシ音」にしている。この曲においては米津玄師は「米津玄ギシ」だと言っても過言ではない。
しかもなんなんだよ「31」って、めちゃくちゃ素数じゃねぇかよ。まさかこれも米津の計算なのか…?「ジブリにおける宮崎駿は素数つまり唯一無二」そんなメッセージを込めているとでもいうのか…?怖い怖すぎる。
「米津米津が足りない…」などとほざいていた過去の俺をナウシカにしばき倒してほしい。まぎれもなく『地球儀』は「米津米津曲」でした。
そして俺は、このギシ音は「命」そのものを表しているような気がしてならない。さっきも言ったがギシ音は、経年劣化であり、なにかとなにかが擦れ合わなければ鳴らない音。
決して新しいものではないのかもしれないが、長い時間をかけて、そこに生きてきた証がある。そして、その命とはジブリなのかもしれない。
「生きろ。」(もののけ姫。)
「生まれてきてよかった。」(崖の上のポニョ)
「生きねば。」(風立ちぬ)
「君たちはどう生きるか」
このギシ音は、しつこいほど「生」に執着するジブリや宮﨑駿に対するひとつの答えなのではないか?と考えると「ギシ音を聴くだけで泣く身体」になってしまいました。
君たちはどう生きるか?決まってるだろ。米津玄師の音楽と生きる。