朝、仕事に行こうと思ってアパートの玄関の前に置いてある自転車に乗ろうとしたら、前輪とペダルの間くらいになんか白いネコがいて。
俺は自転車に乗りたいからそのネコに向かって、
「しっ、しっ、あっちいけ」
って追い払うような動作をするんだけど全然ネコは動かないでやんの。
俺も急いでたから、無理矢理にそのネコを持ち上げて自転車の前からどかそうとするんだけど、俺が自転車に乗り込もうとしたらすかさずネコが前輪とペダルの前に移動して、その繰り返し。
で、もうその日はしょうがないから自転車置いて歩いて会社に行った。案の定、遅刻して上司にはこっぴどく怒られた。
夕方、仕事終わってへとへとになって帰ってくると、やっぱりネコは自転車の間にいてじっと座って遠くを眺めてるのね。あくびなんかしちゃって。てめぇ、そこは俺の自転車だぞ。
そのうちどっか行くだろと思って、その日はネコを放ってそのまま家に入った。もちろん、下手にエサなんかやるとずっとここに居座るかもしれないからあげてない。
ときどき外からニャーと鳴き声が聞こえる。腹減ってんのかなぁ。
次の日の朝、玄関に出ると相も変わらずにネコは自転車の間にいて、のんきにニャーなんて鳴いてやがる。
そんな姿を見てるとなんか怒る気にもなれず、
「そうか、ここが気に入ったんだな。わかったよ、気の済むまでここにいろよ」
とガラにもなくネコに話かけたりなんかした。
またニャーと鳴くネコ。
「仕事がんばってニャー」
なんて言われてるような気がして、その日も歩いて会社へ向かった。
俺はテレビでやってる動物番組の動物に声優が人間の言葉でアテレコするやつが、いや絶対そんなん思ってねぇだろ、という理由で大嫌いなのだけど、そのときばかりはなぜだかネコと心が通じ合った気がした。
それから、仕事の休憩中に携帯電話で
『野良猫 飼い方』
とか調べたりして。
「野良は懐くまで大変みたいだなぁ」
「まずは動物病院に連れて行ってあげなきゃ」
「そうか、トイレは砂を撒くのか」
そうこうしてるうちに、仕事が終わって
「あ、そうだ。お腹空かしてるだろうからゴハンあげなきゃ」
と思って近くのスーパーに寄って猫缶3個入りを買って。
「でもこれあげたら、いよいよ俺が世話してやらなきゃいけないな〜、あ、その前に大家に聞かないと」
なんてどこかウキウキした気分になっているのが自分でも不思議だった。
それで、アパートの前に着いて
「ただいま〜」
って言いながら自転車覗いたら、ネコいねぇの。
「え?あれ?あれ?」
って途方に暮れてると、アパートの向かいに住んでるじいさんがたまたま通りかかって
「あの、このへんに白いネコいませんでした?」
「へ?あ〜、あの子うちのネコなんじゃよ。最近帰ってこなくて心配してたんじゃけどお腹空かせてたのか、ついさっき帰ってきての〜。エサやって今はうちで寝ておるよ」
「へ、あ、ああ、そう、なんですか。…。あ、あの、よかったらこれ」
「おお!いいのかい?あんたのとこのネコのエサじゃろ?」
「いや、うち、ネコいないんで。それじゃ」
それだけ告げて、速攻で部屋の中に入った。
…。
けっ。いや、そもそも俺ネコ好きじゃねぇし。一回もかわいいとか思ったことねぇ。あ〜、良かった、明日からまた自転車で会社行けるわ。あ〜、せいせいした。
…。
ちくしょう!ネコ! ジジイ!ずっと元気でいろよな!この泥棒猫め!
ニャンだかなぁ。